石田 絵美 / 石田 笑緒
1978年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。
中堅広告代理店に営業として勤務したのち、2011年2月に退職。広告と地続きに、デザイン、コミュニケーションの分野をうろつきながら「おもしろいこと」「つながること」などを模索中。
プランニング、ディレクション、アドバイザー、ライティング、ツッコミ、写真。
*写真:2011年、新津保健秀写真スクールに続きホンマタカシワークショップ選抜クラスにも並行参加。2012年、川内倫子ワークショップ。
Background Illustrations provided by: http://edison.rutgers.edu/

20120708 デマンド→市橋→中平

雑感というか感想というか。
あるワークショップの応募のために写真集なり展覧会なりについて書かなければいけなかったので、この日に行った3つについてこじつけながら多少強引にまとめ。
(実際はデマンドの前に特撮博物館を見ている)

BLDギャラリー 中平卓馬「サーキュレーション ― 日付、場所、行為」

彼の「視点」を感じた。これを撮りたい、という意図以前の情動がそのまま視点となった結果。
普通はきっと、人は無意識に見たことのある写真を真似るのだ。カレンダーや雑誌で見たような。その一般的写真経験で済まなかった人間が、改めて写真に向き合う。何を撮りたいのか、何をしたいのかを問い、撮る枚数に視点や望みを重ねていって写真は強さを持っていく。それが王道の写真経験というものかもしれない。
追い求める中で中平の情念と撮影行為は一体化し、だからこそただのスナップには成り下がり得ない強さが現れる。

POLAミュージアム アネックス 市橋織江「-IMPRESSIONNISME-」

対して、情動を元としないのが手法、表現をテーマにしたケースである。
光をとらえる彼女のカラ―は既に確立しており、きれいだが似た散文がいくつもあるだけのようで物足りなかった。今回は特に着眼が表現だったこともあるが、客観とも主観とも取れないものがただ並び、内面や目指す概念に向けて突き進み魂を削るような感じはなかった。
自身のテーマと西洋絵画の印象派をなぞらえ、方向性を再認識したとのようなことを読んだが、ここから更に独自の解釈や表現に向かっていくのならその、次のステージをこそ見てみたいと思う。

東京都現代美術館 トーマス・デマンド展 

写真特有の呪縛から最も解放されているのが、手段がたまたま写真だったというパターンだ。
例えば演劇の記録という目的が、写真を選択した。それだけ。シンプルで、冷静だ。目的達成の為のプロセスがくっきりしていて、その使い方、見せ方まで自覚的である。その情動は別のところにあるか、むしろその冷静さを得るための写真の選択だったりもする。
これらは確かにごく新しい潮流ではあるが、だからといってこれらを一括りに現代写真とか呼ぶのもどうなのか。では元々の写真という言葉に直してみると、これもまた様々なものが並びすぎてしまう。

でもそれはもう、写真の持つ魅力であり宿命なのだろう。写し取りたいという渇望から生まれながら絵画へのジレンマを抱え、立ち位置が定まらず、いまやボタンを押せば誰でも撮れ、玩具やオマケのようになりながらも、とても身近でありつづけている。
だからこそ何らかの表現のために写真を使おうとするときには、なぜ、どうやって使うのかを解っているべきだ。誰でも使う言葉というものをあえて紡ごうとする小説家にきっとその覚悟があるように、あまりにも多様になった写真をいま自分がなぜ選ぶのか、ということを考えずにいては、そこに強い説得力は生まれないように思う。

一番左の五枚目。これだけは、一つのパネルの中にタテ2枚を並べた。

最初に書き忘れたけど、タイトルは『光明』

希望と呼ぶにはあまりにも陳腐な
でも誰もが感じ得る
たしかにそこにあるもの

雪が固まった氷がまんなか(これはよく上下間違える)、
もう一つの虹がその左側。 

そういえばずっと終了展のものを上げてないままでした。
展示した感じとは全然違うけど、写真自体をUPする。

余白を取って木製パネルにして、5枚横に並べた。
虹が一番右、階段裏は右から二番目。 

修了展終了

修了展終了から一週間。なんだかんだ言って期間中毎日顔を出していた。前後の一日も搬出入で行った。でも、会期のラストにいなかったからか、いまだにガツっとやりました、しっかり終わりました感がないと言えばない。受講生仲間が言ってたように、夢のようだったのかもしれない。

でも、確実に自分の経験になったものがある。なんとなくの情報としてしかわからなかったことを、実際やってみたことは大きい。
それは、展示に際してのことばかりではない。人に写真を見てもらう、人の写真を見る、それについての言葉を交わす機会を得たことで、どれほどの発見があったことだろう。一人で考えていたことの再確認、人からの指摘、さまざまな視点。何をどう得たとは言えないが、うまく言ったり、下手に言葉にしてしまってつまらなくもしたくない。ただただ、そこで交わされる話がおもしろくて、わくわくして、そんな話ができることがうれしかった。それまでを取り戻そうとするかのように、ごくごくと吸収しようとしたのかもしれない。個人的に新津保さんの話は毎回すんなりと納得でき、視点や姿勢を見直して正していくような感もあった。

会期終了には立ち会えず、ちゃんと撤収もできず、実感があるようなないようなまま修了展、すなわちスクールを終えた。でもそれはかえってよかったのかもしれない。感傷的にもなりすぎず、ただただ向き合い続ける作業と仲間たちとの縁、学んだものをそのまま抱えて、そのまま続けていきたいと思う。
ほんとうに、たくさんの出会いや気付きをもらった。これがなかったら
2011年はもっと空っぽだっただろう。まだ定まらないながらも、自分の姿勢を見つめなおす機会を得たことに感謝している。

もう二度となさそう(?)な機会に参加できたことを、改めてとても幸福に思う。立案の前田さん、決定打になった朝倉さん、進行の齊藤さん、菊池さん、サポートの羽立さん。みなさんのおかげで、この貴重な体験が成立しました。受講生の面々。みんながいたから、このスクールがその場にとどまらない存在になりました。そして誰よりも、新津保さん。常に真摯に全方位的に見ていただいただけでなく、たくさんのご苦労とお気遣いをおかけしました。お礼をしてもし足りる気がしません。渡そうとしてくださったものを、考え続けていきたいと思います。

知らないところで関わってくれた方、ゲストに来てくれた方、スクールに理解を示してくれた方、展示に来てくれた方も来れなかった方も、みんなみんなありがとうございます。人に迷惑をかけたかもしれなくても、参加できてよかったと思うし、おもしろかったと胸を張って言える。そんな機会を得られたから、ありがとう。

よかった、おもしろかった、と過去形で言えること自体、過ぎた出来事ではある。イベントとしては終わったけれども、今の気持ちをそのまま続けられるだけ持ち続けて、このまま行ってみる。なにかの折に新津保さんに”その後”をお見せする機会があった時には、うっかりこぼれるように「おお、いいねぇ~」と言ってもらいたいものだ。

レビュー終了

かなりの受講生がいま燃え尽き症候群になっているかもしれない。会期はまだ明日まであるのに。
メンツの豪華さにおののいていたが、椅子を並べて、前の方にかたまって座って、なんだか卒業式のような気分になった。なかなかキビしい卒業式ではある。 

一旦この時点で個人的に振り返ってみておく。何をやりたいのか、試したいのか、考えてやれることはやったつもりではあるが、渾身のとか出し切ったとまで言えるかどうかはわからない。十分に検証したうえでのアウトプットだったと言えるかわからない程度には突き放すこともできていない。自分では気に入ってるつもりではあったが、人から見てどうだったかを思うと(今回は公にわざわざ出しているわけだし)揺らぐ部分もある。それはそれでまた残る課題である。

センセーショナルさを目指したわけではないとはいえ、講評では特段自分の作品に触れられることはなかった。それで、ベタさやつまらなさや価値を考えさせられる部分はある。
でも見に来てくれた人の中から、同じ体験を思い出した、と共感を聞くことができて、救われた。そういうことあるよね、と思ってほしいのだ。
そこから何人かのレビュアーの方に話を聞けて、ただひたすらつまらなかったわけでもなかったらしいと思えた。情けなくもあるが、ありがたかった。なにより、やはり人の目は自分にはわからない。あーそういう風に見えたんだ、ということが聞けたのはやっぱり興味深いところ。図々しいくらいに割り切って、全員の方に聞くくらいすればよかったなあと今になって思う。

何をしたいのか。表現したいのか。伝えたいのか。それは他人が何を言おうが、自己責任で確固たる意志を持っていなければならない。そうでなければ、ひとりでやってりゃいいのだ。揺らいでいるようでは、半端なままだ。伝えるというプロセスを内包する限りそれは自己完結では終われず、いくらでも揺らぐ要素はある。それでも諦めきれず、ふるえながら、捨てられないものを胸にまたわざわざ向かい合っていく、そういう面倒なことを自分はあえてしていくのだろうと思う。ラクではないけど、それを捨ててしまえる人間になりたくない、と今はまだ青臭く思う。

そんな話も通じる仲間がいることをありがたく思う。ワークショップに限って言えば、年長の方に入っているはずなのに、酔って天然ぶりを出せるほどに甘えられる、信頼があることも幸福なことである。そういう人がいてくれるから、自分がやりたいことにも意味はあるしきっと人に伝えることはできるはずだと信じられるのである。それはやはり幸福で、勇気をもらえることだ。
多少酔ったままでプリミティブな感情が出ている状態のまま、とりとめなくそんなことを書きとめておいてとりあえず寝る。そしてまた、足元はおぼつかなくとも、おそれおののきながら歩いてゆこうと思う。それしかできないと気付いたのだから、それに向き合っていくしかないのだ。おやすみなさい。

第五回課題「言葉を撮る」 1/1
(1枚“だけ”とも“以上”とも取れる課題文だったが、全員が1枚で提出した)

第五回課題「言葉を撮る」 1/1

(1枚“だけ”とも“以上”とも取れる課題文だったが、全員が1枚で提出した)

第五回課題「言葉を撮る」

ゲストは批評家の東浩紀さん。一番の強敵である。
課題も、シンプルにして難題。「“ベクレル”を撮る」。 
3.11の課題で始まったワークショップは、最後の課題もまた3.11だ。

1回目の課題から引っ張ってこようかとも思ったが、やはり学習のためにも撮りたい。この頃の自分のなかでの課題点としては、理屈や言葉にとらわれすぎる、それでつい補足しようとしてしまうこと。根幹は考えながらも、もっとイメージを遊ばせることはできないだろうか。説明の言葉そのままの見え面ではないもの(元々抽象系はやらない)、けれど意図通りのイメージを喚起させるものができないだろうか。

で、結果から言えばラスボスに撃沈した。
持っていき方の相性も悪かったとは思うが、イメージにしてもアイディアやツメの強度も足りなかったのだと思う。そして説明もちゃんと補足はできていなかった。この回はほぼみんなコテンパンで気持ちいいほどで、新津保さんはぜひリベンジ/復習をとのことで、ぜひそうしたいのだがいま考えてもやっぱりとても難しい。

バナナってやつは数日経つと皮が真っ黒になって怯むのだが、剥くと全然きれいだったりする。でもやっぱり、見た目はおどろおどろしい。すごく身近で、黄色くてなんだかフレンドリーな空気を醸してたくせに、知らない間に触りたくない不穏な空気を纏っている。そして空気だけでなくもちろん、中身もヤバくなっていたりする。
それを放射能に例えて「これがベクレルです」ではなくて、『これをベクレルの単位とします』というつもりだった。1ベクレル=1(黒くなったバナナ)である。身近であること、忌むべきものかが不明瞭であること、などを感覚的に取り入れたつもりだったのだが…いま思うと写真というよりはグラフィック的だったかなとも。東さんと講評後にお話したときに「広告の人なのね、あー成程」と言われたこともまあ、うん、わかる。

余談ながら、この日遊びにいらした渋谷さんと東さんの掛け合いは、聞いてておもろい。